父島大村宿場

父島大村宿場は東京府小笠原島父島大村東町に在つて、二見港の海岸に在るので、岸壁からは一丁と離れて居ない。日本郵船近海航路の定期船は年十五回横浜との往復があり尚此の外に南洋航路船が寄港する。

同じ東京府の中にも、斯つした南国的な気分の所もあつたのか知らと思はるゝ様な所で、台湾に見る様な熱帯植物が至る処に繁茂して居る。殊に内地人の珍らしがるバナゝや、砂糖キビが野良一面に作つて在つて、幹もたわゝにバナヽの実のつて居る様等を見たならば、何うしても同じ東京府である事を承認しないだらう。事程左様に南国的なのである。

妓楼は「二見楼」がたつた一軒あるきりで、娼妓も三人居るのみだ。何れも女は本島人計りである。店は陰店を張つて居て、娼妓は居稼ぎ制、遊興は廻し制で、通し花は取らない。本部屋入りの御定りは二円で、廻し部屋御定りは一円五十銭である。台の物は附かない。芸妓も居ない。客は台の物を注文する様な事はめつたに無いさうだ。従つて通し物をねだる様な事も無い。俚謡「父(父島)を離れて、ワトネ(ワントネと云ふ暗礁)を超えて、行けば母島乳房山」付近には亀の池、二見港等があり、バナヽ白砂糖等が名産だ。