浜益村茂生遊廓

浜益村茂生遊廓は北海道浜益(はまます)郡浜益村字茂生にあつて、未だ交通の便が開けない為めに、海路を利用するのが便利である。そうして鉄道に依る時は函館本線瀧川駅へ下車し西へ約十三里もあり又函館本線深川駅で留萌線へ乗換へ、増毛駅で下車するとしても尚ほ五六里は充分あると言ふ不便な所である。最も便利な方法としては小樽からの定期船を利用する事である、然し目下瀧川駅から自動車開通中であるから近日中には非常に便利となる事と思ふ。大体の沿革は宝永年間に松前氏から三場所の一として指定されてから次第に開けて来た為めに、特定地として当時の拓殖使から。貸座敷を許可せられた。それが引続いて今日に立到つたものである。妓楼の総数は二軒、娼妓は十五人位居り、制度は居稼ぎ制で、店は陰店を張つてゐる。遊興は時間制又は廻し制である。

御定りは参円、外に甲四円と云ふのがある。遊興税は右金額の一割増である。台の物が附いて一泊が出来る。又一時間遊びは壱円七拾銭で之が最低値段である。娼妓は一枚鑑札だから入用の場合は芸妓を呼ぶ事も出来る。玉代は一時間壱円式拾銭位である。特殊の風習は、娼妓は春五四月に成と鰊漁で浜の漁夫の中に交つて、赤いタスキ掛でまめ〃敷く立働く事で、なまめかしい特殊の漁場情緒がしみヾと感じられる。

浜益、民謡「浜益良いとこ、誰が言ふた、うしろ黄金山、前は海、尾のない狐がすむそうな。」