多治見町西ヶ原遊廓

岐阜県土岐郡多治見町西ヶ原に在って、中央線多治見駅へ下車すれば東へ約十丁の処である。乗合自動車の便があって、西ヶ原廓で下車すれば直ぐ眼の前に遊廓がある。

明治二十二年に岐阜県令に因つて、柴田利三郎氏が柴田家を開業したに始まつて、現在では娼楼十一軒、娼妓八十七人に殖えてる居る。此の元祖たる柴田家は現在でも営業を続けて居るが、相当の発展振りを示して居る。大体此の多治見町は大の陶業地なので、陶磁器界の盛衰が直ちに町の盛衰に影響を来し、町の盛衰が直ぐ様遊廓に影響すると云ふ不離不即の深い関係に置かれた遊廓である。客筋は重に斯界の職人連である事を知るには、先づ次の遊興制度を見た方が手っ取り早いと思ふ。

店は写真制で、娼妓は総て居稼ぎ制で送り込み式では無い。時間制で廻しは一切取らない。其れも能率本位で、三十分が一仕切りと成って居り、此の一仕切りが金一円二十銭也である。一時間が二円二十銭に割引してある事等を見ても判る事だ。税は一円に付き七銭宛徴収される事に成って居る。勿論一泊の制度もあるかも知れないが、ほんの一寸能率を上げるには割安で好都合ではあっても、一泊と成ると比較的割高に成ると思はねばならない。妓楼は、新柴田、益田楼、清水楼、錦水楼、柴田家、和合楼、金花楼、思君楼、新柴家、大阪屋、福島、等である。