奈良県の部

奈良市木辻遊廓

奈良市木辻遊廓は奈良県奈良市木辻町及瓦堂町の二ヶ町に又がつて居て、関西線奈良駅で下車すれば東南へ約十三丁の地点である。奈良市は古都として、又犬仏様の所在地として、余りに名高い所である。東大寺、興福寺、正倉院、西大寺、春日神社の有名な神社や仏閣を照介するのに暇無い程である。殊に大仏殿は、木造建築物としては世界第一の尺がある。遊廓としての歴史も古いもので、今より約一千二百年前、元興寺を建立する時に、職人、工人、其他の人々の足留策の一つとして木辻に「奴婢」なる者を置いのが今の遊廓の元祖だと云ふ事である。此れは現今で云ふ私娼の一種だつたのだらう。現在貸座敷が三十八軒あつて、娼妓は三百十八人居り、大阪府の女が最も多く、次は奈良京都の順である。店は写真制で陰店は張つて無い。娼妓は居稼ぎ制ではあるが、廓内には芸妓が居ないので、廓内の料理店の酒席へ聘ぶ事も出来る。遊興は総て時間制で廻しは絶対に取らない。費用は午前六時から正午迄は五円、正午から午後六時迄は六円、六時から十二時迄は七円、十二時から翌朝六時迄は五円と云ふ事に成つて居る。台の物は勿論此外である。此の外一時間一円で遊ぶ方法もある。税は約九分。妓楼は、三油屋、大砲楼、淀谷楼、白石楼、葛城楼、日進楼、敷島楼、加能楼、福山楼、松田楼、本岩谷楼、本有馬楼、北初音楼、京桝楼、三有馬楼、二油屋、上細谷楼、三山楼、広盛楼、都楼、栄楼、福井楼、二岩谷楼、二有馬楼、下細谷楼、寿楼、幸栄楼、生駒楼、二山口楼、中村楼、青海楼、花月楼、一初音楼、晴月楼、福村楼、小泉楼、本山口楼、大西楼、等である。

郡山東岡遊廓

郡山東岡遊廓は奈良県生駒郡郡山町字東岡に在つて、関西線郡山駅の東南約七丁の地点に当つて居る。乗合自動車の便もあつて、郡山停留場から南へ約三丁である。茲も矢張遊廓に成つて居て、揚屋(貸座敷)が二十一軒娼妓が全部で百九十人居る。茲は総て大阪式で、置屋から娼妓を揚屋へ呼んで遊ぶのである。従つて廻しは一切取らずに全部時間制又は仕切制に成つて居る。午前八時から正午迄五円、正午から日没迄七円、日没から十二時迄七円、十二時から翌朝七時迄が六円と云ふ事に成つて居る。遊興税は一円に就き金八銭の割。此の辺では一帯に、娼妓の事を「おやま」又は「子供衆」と呼んで居る事は奈良と同様である。台の物は一切此れと別勘定に成つて加算され心から注意せねばならない。妓楼は、旭楼、今村、竹島、藤近、千歳、大阪楼、都楼、笹の屋楼、寿楼、岡吉楼、ヨカロー、揚喜楼、御多福楼、河卯楼、宝山楼、駒川楼、恵美須、第三清月、錦水楼、清月楼、宝栄楼、等がある。

郡山町洞泉寺遊廓

郡山町洞泉寺遊廓は奈良県生駒郡郡山町字洞泉寺に在つて、関西線郡山駅で下車する。洞泉寺遊廓は、東岡遊廓よりは、建築に於ても、設備に於ても、其他あらゆる点に於て一歩を譲つて居る。貸座敷は目下十七軒あつて、娼妓は百五十人居る。奈良京都大阪地方の女が多い。店は写真店で、娼妓は全部送り込み制である。遊興は時間制、又は仕切花制で、廻しは取らない。費用は一時間遊びが二円位で、仕切は、午前八時から正午迄は五円、正午から日没迄は七円、日没から一泊して翌朝七時迄が十二円である。台の物は附かない。付近には柳沢氏の城址がある。「菜の花の中に城あり郡山」と云ふ其角の句がある様に、付近一帯が菜畑である。郡山は日本一の金魚の産地である。